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広島高等裁判所 昭和39年(ラ)44号 決定

再抗告人 山田吉野

相手方 山根忠一

主文

原決定を破棄する。

本件を鳥取地方裁判所に差し戻す。

理由

再抗告人代理人は、原決定を取り消す、抗告人の抗告を却下する、再抗告費用は抗告人の負担とする、との裁判を求めた。その理由は別紙再抗告理由書のとおりである。

按ずるに、本件収去命令には別紙目録記載の土地上の建物と表示されていて、その敷地が右目録の記載によつて特定しているのであるから、収去の目的となる建物は、右敷地一二坪六合の上に存在するものに限るとともに、建物の一部というような制限的な表示のない以上、執行の際右敷地上に存する建物はすべて収去の目的となるものというべく、したがつて本件建物の構造、規模等の表示を欠いているからといつて、かならずしも収去の目的物件の特定に欠くるものではない、と解すべきである。

そうだとすれば、本件調停調書が収去すべき建物を特定していないとの理由でその執行力を否定し、債務名義たる右調停調書にもとづく建物収去命令の申請を却下した原決定は違法たるを免れないから、本件再抗告は理由がある。

よつて、民訴四一四条、四一三条、四〇七条一項にしたがい主文のとおり決定する。

(裁判官 三宅芳郎 西俣信比吉 熊佐義里)

別紙 再抗告理由書

一、原決定には重大な影響を及ぼすべき法令の違背あり破毀を免れない。

再抗告人はさきに本件土地及同地上所在の木造建物一棟を所有し、この内地上建物を被再抗告人に賃貸中、昭和二七年四月一七日の鳥取火災により該家屋が焼失した処、この火災が全市に亘る大火で再抗告人も類焼したため直ちに、かたづけかねている裡に被再抗告人は無断且つ応急の処置として同地上に仮設建物を建てて居住した。

そこで、再抗告人は被再抗告人を相手として昭和二七年一二月中に鳥取簡易裁判所に土地明渡の和解申立をなし、その頃同庁昭和二七年(イ)第三三号を以て和解を試みられた結果、同年一二月一八日双方の間に左記和解が成立した。

(1)  被再抗告人は昭和二七年一二月一八日より十ケ年後に地上物件を収去して明渡すこと。

(2)  被再抗告人は再抗告人に対し右期限内一ケ月壱千円を毎月末日限り支払うこと。

二、然るに前記和解調書による建物収去期日が迫つたので被再抗告人は昭和三八年九月中再抗告人に対し前記和解による明渡期日の延期を求めるべく、同裁判所に訴訟を提起したが、調停に附されて同庁昭和三八年(ユ)第一七号を以て調停を開始し昭和三八年九月六日更に左記調停が成立した。

(1)  被再抗告人は昭和三九年三月三一日限り地上の建物を収去して右宅地を明渡すこと。

(2)  被再抗告人が右宅地を明渡すと同時に立退料として金三万円を再抗告人宅で支払うこと。

以上

処で被再抗告人はその最終期日が経過しても地上建物を収去し、本件土地の明渡をしようとしないので再抗告人は右調停調書を債務名義として建物収去、土地明渡命令を得て収去の実行を進めたのである。

三、元来この調停調書正本にも又前和解調書正本でも一棟に過ぎない地上建物の表示を何れも「地上建物」或は「地上物件」と表示した処、同物件の収去、明渡はこれを以て充分な表現であるに拘らず原決定によれば、かかる表示ではどの建物か又何棟の建物であるかが特定しない憾みがあつて不適法だと断定した。併し元々一棟である事が確定している本件の場合ではこの調停調書の記載及び建物収去命令を非難する事は失当である。

しかも、この土地は一二坪六合に過ぎない狭小な土地であつて一棟の建物を建て得るに過ぎず、この事は既に再抗告人、被再抗告人共に熟知し、又この和解、調停に関与せられた裁判所側及び調停委員もよく確認した上で「地上建物」或は「地上物件」と表示せられたものであるから、これを以て充分にして完全な表現であることに寸分の異論もない筈である。

なるほど法律専門家がかゝる調停、和解の申立をする場合、あるいは建物の構造、棟数、坪数を明確にしたであろうけれども一個に過ぎない物件について「地上建物」或は「地上物件」と表現したからとて地上物件の確定について何人も迷うことのない本件にあつては素より地上物件の不特定を招く虞は絶対にあり得ない。

結局原審の見解は地上物件の表示について専門家的表現をしなかつたという観点に立ち故なく右調停調書を非難するものであつて、その誤謬である事は最高裁判所昭和三六年(オ)第四三七号昭和三六年一二月一五日判決の趣旨に照し明白であつて原決定の失当は再言を要しない。

以上により原決定は直ちに破毀せられるものと思料する。

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